ken-ken-kenのブログ

多発性骨髄腫の再々発の治療中であります。

DBd治療〜5サイクル目day11

先週の月曜日はベルケイド注射のみの日でした


その前の金曜日の状況から

どうなることやらと思いつつケモ室へ…


入室して間もなく

看護師さんがN先生に


『先生、kenさ…、はい、はい、わかりました』


という感じの電話で

自分で種を蒔きながら

ただならぬ雰囲気でスタート(苦笑)


N先生、看護師さん

妻と一緒に問診室?に入り

話しをしました


N先生はとても潔く

自身の至らない点を謝罪され

今後、気をつけていくこと

自分としては

N先生の外来日でない日が治療日になるため

回答に時間の余裕があるような疑問は

紙に書いて渡したり

看護師さんを通じてしておく

などの工夫をする旨を伝えました


病院を出て

会社に行って仕事をしてましたが

夕方1時間くらい

車でシートを倒して休むくらい

目眩が酷く、胸焼けが酷かったので

帰宅後、妻にその話をして

サッパリ系の夕食を作ってもらったものの

結局吐いてしまいました

ゾメタの副作用であろう痛みや痺れが

追い討ちをかけ

先行き不安な一週間のスタートでしたが

副作用も治り

オキノームを駆使しながら

一週間、乗り換えた感じです


水曜日には麻酔科の診察を

N先生がしてくれたので

少しでも今ある痺れの原因が

何からくるのか

どうすれば解消するのか

判明したらうれしいなあと思います

DBd治療〜5サイクル目day8

金曜日はベルケイド注射とゾメタ点滴の日でした


前回とは打って変わって

すぐに治療用の椅子へ連れていかれ

ゾメタ点滴開始


しばらくしてN先生がきてベルケイド注射

月曜日からの状況を聞かれたため


火・水曜日は休めない仕事があったので

レナデックスを一錠ずつのんでやり過ごしたこと


数回オキノームで痛みを紛らわそうとしたが

あまり意味がばかったこと


両足のつま先の痺れ・痛み・冷たさが治らないこと


腰や脚の付け根は相変わらず痛いこと


などを伝えましたがひどく忙しかったようで

N先生は軽く聴いているだけで

今後の薬の件の話をすることもなく

どこかに行ってしまいました


フリーライトチェーンの結果も

5日はかかると言われまだ判明せず

なので、月曜日の採血もやめましょう

というながれでバタバタと問診終了


フリーライトチェーンは

移植をしてからの5年間

金曜日に採血をすれば必ず翌週の水曜日には

数値が出ていたのになぜ?

ときいても、最低5日はかかりますと言われ

念のため確認してもらいましたが

まだ数値は判明していませんでした


ゾメタ点滴の針を抜いてもらって

すべて終了し

会計も済ませて駐車場へ




なんだかものすごくモヤモヤして

自宅の妻に思いをぶちまける


移植をして約5年も経つのに

なんで今まで水曜日にわかっていた結果が

金曜日になったのか?


いつもはケモ室の看護師さんが先生が来るまで

状況を色々きいてくれてたのに

ここ最近は何も聞かずに治療に入ること


N先生もソワソワしてて

まともに話せるような感じではなく

こんなこと続きなら

先生を替えてもうかということ


新薬をつかった最初の患者だから

対応がわからないのはわかるが

ベルケイドも大して効果がないなら

ほかの方法はどう考えてるのか?


病状自体は重篤ではないから

どうでも良いような対応なんだ

そういうことなら治療は止める


などなど…


なんて子供なんでしょう!(笑)

前日に43時になったとは思えない(苦笑)



妻への電話のあと会社へ行って

そんなモヤモヤを吹っ飛ばそうと思いながら

パソコンに向かうけど

モヤモヤは晴れず

たぶんゾメタの副作用で

あちこち骨は痛いし

座ってじっとしてても

目がグルグル回る


なんとか定時まで乗り越えて

帰宅して

また、妻と話しました


妻もあとで電話して

N先生の薬の出し忘れで

直接医大まで行ったそうです

フリーライトチェーンの結果については

午後に判明

その時にケモ室で

ある程度話をしたみたいで



看護師さんたちの対応については

冗談も言ってて

ベッドではなくて椅子に座っていたので

今日はいつもよりは元気だろうと思ったらしい


オレは

看護師さんて患者の状況報告をうまく先生に伝える立場の人だと思うんだけど

状況も聞かず、当日軽口を叩けるからという理由で元気だなんて判断していいのかなと思った


それに決して元気だったわけではなく

オレ自身の注射の時間は短いわけだし

もっとしんどい人が

ベッドを使うべきという考えなんです

基本、痺れが治らずあちこち痛いことは

ずっと言ってるのに…


それに、もし先生が当日忙しいという日なら

尚更先生に変わって色々聞かないといけないんじゃないかと思う


元気な人はケモ室に来るなということか?

なんてへそ曲がりな感情が芽生えてしまう


土曜日は痛みとダルさでほとんどの時間を

布団の上で寝て過ごし

夜にまた妻と病院の話


解決はしてないけど

変な感情は収まってきたので

妻にありがとうの感謝と

いろいろ言ってごめんなさいをして就寝


のはずが、

日中寝てたことと

横になっても

カラダと布団との接点が痛くて

オキノームを服用しつつ

布団の中を右往左往してたけど

何も解消されず数時間


夜の帳が開けるころ

今日の新聞がとどいたので

天声人語を書いて

今に至ります


なんだか最近

ココロが貧しいなぁ


今までの先生がどちらかというと

いろいろ聞いてくる方だったので

まだ、そのクセが抜けてないんだね

それくらい今までの先生に甘えてたということ


N先生もきっといい先生だろうから

月曜日の外来の時は

ちゃんと自分から

いろいろ掛け合って話を聞いていこう

報道の自由と知る権利とモラルと…

オレが知りたいのは


経緯や事実と真実であって


被害者、加害者の家の場所や

ライブでのそのそれぞれの自宅周辺の

夜の様子なんかじゃない


したり顔で

その様子を報道する人達に

とてつもなく不快な気分になった


それが仕事だからと言われら

それはしょうがないし

真実や周囲の反応の状況

もっと大きな防犯対策とかの検討を

今回のコトを機に取り上げることは

理解できなくもない


でも、ここに至るまでも

きっと、夜は夜で

落ち着かないことだったんだから

夜くらいはそっとしてあげられないのかな?


伝える側も知ろうとする側も

自分自身

明日にもそうなる可能性がないとはいえないこと

わかってんのかな?


自分の家族が被害者だったら?

自分の家族が加害者だったら?

近所に被害者がいたら?

近所に加害者がいたら?





小学校の頃

一つ学年が上のA君のお母さんが

軽犯罪のレベルだけど捕まった


オレの実家はど田舎なので

その衝撃は

小学生でも充分過ぎるものだった


事件自体は半径300mくらいであったことだし


A君にどう接するのが良いのか?

次、A君のお母さんに会ったら

どう反応すればいいのか?

話していいのか?

話せるのか?

幼いながらに考えた


当時は今みたいに

情報網が発達してなかったし

田舎中の田舎だったから

県内のニュース程度だったけど

見たことない数のパトカーや

TVのカメラマンたちが来ていた


小学生ながらに

いわゆる“非日常”の世界を感じていた

今だったら

『こんな長閑な田舎で何故?』

みたいな感じで

一瞬は全国ネットで報道されるんだろうね


そのときの

嫌な感覚を今回の事件で

何故か思い出してしまった







それでもTVに映れば

ついつい観てしまう悲しい矛盾


オレも所詮、同じ穴のムジナなんだね…